ウルトラ便利な東京のど真ん中から、2006年8月オーストラリアはメルボルンの片田舎に移住。こみ上げる郷愁と戦いながらこちらの生活に慣れるために試行錯誤。国際再婚・国を超えたステップファミリーとしての生活を、防備録として綴っていきます
四川大地震
2008-05-16 Fri 21:22
日本にいたころ、いつも地震が怖かった。
私が仕事に言ってる間。地下鉄に乗ってる間。
特に地下鉄で30分離れた職場に通っていたときは、自宅まで歩いて帰れるルートをチェックしていた。なるべく大きな公園を経由して。通勤はいつもスニーカー。
何かあったときに子供を迎えにいけるように。

今、四川大地震のニュースを見る。親を探してる子供、子供を捜す親たち。。。そして、子供を失って泣き崩れる親たち。

私はもともと、中国の文化や、歴史の本を読むのが好きだった。いつか一度訪れてみたいと思ったものだった。

それが海外に暮らし始めて、お金にたくましい中華系の人たちや、マナーの悪い観光客、質の悪い中国製品、中国の反日教育、チベット問題などなど目の当たりにして、最近は正直アンチになりつつあった。

でも、ニュースで流れる悲惨な光景。言葉もなく子供の死体によりそう茫然自失の親、瓦礫の中で救出を待つ子供。。。私たちと、同じような顔をした人々が、引き裂かれ、絶望の底にいる。

日本の国際緊急援助隊が駆けつけ、その中の人が「一人でも多くの人を救いたい」と言ったという。

その文を見たとき、涙がにじんだ。
いい人ぶってるわけじゃなく、なんだかこみ上げたのだ。

阪神淡路大震災のとき、阪神の電車事故のとき、一人でもたくさん助かってほしい、と思った。
ほかの国も、続々救助隊を送り込むようだが、贔屓目かやはり日本の救助隊が一番頼りになりそうな気がする。一人でも多くの人を、救ってくれそうな気がする!

今はもう見ないけど、昔は、中国残留孤児の来日の記事が毎年新聞に載ってたんだよね。
その記事の中で、意外と多かったのが、孤児になったこどもを、中国の夫婦がわが子同然に育ててくれて、大きくなるまで自分は中国人と疑わずにすごしてた、という話。
当時まだ若かった私は、敵として戦った国の血を引く子供を、そう受け入れられるものなのか、と不思議に思ってた。
もちろん全ての孤児がそういう恵まれた境遇にあったわけでなく、言葉にもできないほどの苦労を重ねていた方もたくさんいらっしゃったと思う。

結局、「国」ではなく、「人」なんだと思う。
そして、「人」としてみたとき、遠い国の、名も知らぬ人の身におきた災難、ではなく、自分にも起こりえた悲しい出来事、と感じられるのかもしれない。

まだ熱があるし、(今日やっと医者に行って抗生物質!もらってきた)考えがうまくまとまらないのだけど、本当に、一人でも多く助かってくれると、いいと思う。
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この記事のコメント
あしあとつけていきます
初めまして。
上海在住の二姐と申します。
子どもたちの留学準備がらみで
「メルボルンの9年生」をキーワードに
ぐーぐる先生のお世話になっていてたどり着きました。

今回の地震は、起こった時点ではここまで大きな被害を
うむことになるとは想像していなかったので
各地に衝撃が走りました。
これから先が勝負なので、半年先、1年先……と時間が過ぎても
過去のこととしないように見守っていてください。

また遊びにきます(^^)
2008-05-23 Fri 13:33 | URL | 二姐 #0dcqtTGc[ 内容変更]
コメントありがとうございます♪
v-20二姐さま☆
はじめまして。足跡ありがとうございます^−^
お子さんメルボルンに留学されるのですか?
9年生だったらうちより少しお兄(姉)さんですね♪
何かわたしにわかることがありましたらいつでも聞いてくださいね。

今回、震度も最初最終的なものより小さく発表されてましたし、なくなった方も数十人?位の報道だったので、まさかこれほどの被害とは思いませんでした。同じ国内にいらっしゃったのなら余計衝撃ですよね。。。お子さんを亡くした瓦礫の山から離れられなくてずっと泣いてる親の姿はほんとに心が痛くなりました。。。
2008-05-23 Fri 18:44 | URL | りおん #8iCOsRG2[ 内容変更]
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